禁煙外来 時々ペットロスのこと

70歳に近い男がふとしたきっかけで禁煙に挑戦中のことなど

初めての投稿

 

  ブログなんてこれまで縁のなかった高齢男子がひょんなことから一念発起。私のブログテーマにあることをボツボツと綴っていきたいと思います。

末長くお付き合いください。最初は少し長くなりますがご容赦を。

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〈ハイライト〉に始まり〈セブンスター〉、〈マイルドセブン〉そして〈メビウス〉へと変遷はあれ、今日まで50年近く喫煙を継続している私もご多分に漏れず、何回か「節煙」(禁煙までの勇気はなくて)の試みはした。

 直近では2010年9月に、翌月から煙草が大幅値上げされる(290円から410円へ。現在は440円)のに抵抗して「1日10本以内」の節煙(今までの半分)に挑戦した。この時も禁煙までする気はなかった。年末まで毎日記録を取って続けていたが、お正月を挟んで頓挫している。

 私の場合、何故すっぱりと禁煙という行動に出られないのかをつらつら思い起こすと、喫煙習慣とは別に煙草を吸っている姿が好もしい、心理面で煙草と縁を切りたくない、という側面があると思う。それ故、万が一にも煙草への身体的依存を何とか克服したとしても、街で格好良く煙草を吸っている光景を見ると自分もそうしたいという衝動に駆られ挫折してしまう。

 この心理面での誘惑に打ち克つためには、「そんなヤワなことを言ってられないよ」という何か別の強力な動機が必要だ。例えばこのまま喫煙を続けるとCOPD慢性閉塞性肺疾患)で常時酸素吸入器を持ち運ぶ生活になるという恐怖感。またこんなに金がかかるなんて馬鹿らしくて煙草代を以前から欲しかった趣味の何々に思いっきり使おう!という強い意欲。それからこれは少し見方を変えた動機だが、喫煙したいという誘惑に打ち克つことが精神的にそれよりも大切な何かを遂行している証しになるという、自分自身への納得。

 私の場合は最近愛犬のミニダックス(14年半)を亡くしたことがきっかけ。

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『アイが居なくなった。あれから1週間近く。今日は「初七日」の命日なので動物霊園まで家内とお参りに。これからもずっとアイを心の中で愛し見守り続けるために、自分自身に何か変化を付けようと思った。そうだ、禁煙しよう。』(2016年9月16日・金曜日の日記から)

 ことほど左様に禁煙には気持ちの上の動機づけが非常に重要なように思う。

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 2002(平成14)年4月21日

 購入したペットショップで店員さんに撮ってもらったスリーショット 

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 まあ、こんな調子で少しずつ投稿していきます。